2011年12月09日

フロイト博物館に行ってきたーよ。9月11日

 

9月11日(日) 11日目 

 

昼まで寝た。

 

フロイト博物館に行った。

フロイトが47年間住んでいた所。

 

圧倒的な見つけにくさ。

家すぎる。

あまりにも家すぎる。

普通のアパート。

 

 

フロイトが愛用したゲームボックス。

 

 フロイト博物館(おもちゃ箱).JPG

 

 

 


 

我々の平成世代の偉人が死んだら、プレイステーション3がガラスケースに入れて飾られることになるのだろうか。

 

 

 

部屋の壁一面に写真やら当時の手紙の抜粋が飾ってあって、それを順に追っていけばフロイトの研究の過程や生涯がわかる・・・という仕組みになっていたが、僕にはよくわからなかった。

 

印象的だったのだ、フロイトが妻に送った手紙の一部。

「人々は私のことをエイリアンのような奴だと思っているに違いない。なぜなら、私は若い頃にはちっとも若々しくなかったし、人間として成熟するべき年齢になった今、私はきちんと成熟できていないからである (1886年2月2日)」

帰ってWikipediaと照らし合わせてみると、フロイトが結婚したのは1886年の9月なので、

これはジョカノへ送られた手紙の一部ということになる。

フロイトは当時30歳。

 

自分が若い頃に交際相手に送ったプライベートな手紙の内容が博物館で晒されるとは思ってもみなかったであろう。

しかも中二病的な部分が。

かわいそうに。

 

 

昨日もそうだったが、美術館や博物館に行くともうそれだけでクタクタになる。

疲れたので近くの教会の公園の芝生で30分ほど寝た。

人類を超越したこの僕に「恥ずかしい」という感覚などもはやないのだ。

 

 

起きて、またケルントナー通りに行った。

バイオリン、チェロ、コントラバス、そしてピアノみたいな形であるがやわらかいバチで弦を叩いて鳴らす謎の楽器の4重奏がやっていた。

 

シュテファン寺院のすぐ隣では、100人ぐらいの小規模なデモ(?)のようなものがやっていたが、何を言っているのかは全くわからなかった。

シリアの国旗が掲げられていた。

 

 

その近くでは、大道芸人が手品をやっていた。

一切声を出さずにジェスチャーだけ。

ホームレスらしき風貌の男の人がその手品師の帽子の中にチップを入れて、めっちゃウケていた。

大道芸人は、

「彼はお金を持っていないから、自分の歯を抜いて入れてくれたんだ!」

と、ジェスチャーで説明していた。

 

 

晩御飯はオーストリアに来てから初の魚料理。

 

 謎の魚料理.JPG

 

 

  

 

高い。

正直あまり口に合わなかった。

 

(このNORDSEEというのはドイツ発祥の魚料理のファストフードチェーン店らしい。1964年に、調理した魚、生魚を提供するファストフードというコンセプトでチェーン展開を開始。それがバカウケして、その後2年間で300店舗がオープンした。 Wikipedia調べ)

 

グラム量り売り。

これほんまにこの値段で合ってるんか?と思うほど高かった。

約14ユーロ。

飲み物無しでこの値段である。

 

量も足りなかったので、近くのウインナースタンドでホットドッグを食べた。

ホットドッグうまい!

 

 

ホステルに帰ってビールを飲んで寝た。

 

 

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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 

 

 

次回予告

 

ホステルのおっさん「お前、俺が来るの待っとったんやろ(ニヤニヤ)」

 

ダーティ「くやしい、でもペロンペロン」

 

 

 

 
 
 
ラベル:ジョカノ
posted by ダーティ at 09:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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